人に何かを伝えるには

毎回楽しみに読ませてもらっている「朝メル」、今日はこんな話題だった。

人に何かを伝える目的は、自分の立場を証明する手段ではなく   相手と何かを共有することですね。(伝えることができるから   エラいわけじゃない)

共感できるなぁ。以前、アルバイトで塾の講師をやっていたときに僕も似たようなことを感じていたのだが、ある事柄を同じようにいろんな相手(生徒)に教えても、みんなが分かるわけじゃない。分かってもらうには、それぞれの相手の考え方にあった教え方をしないとダメ。つまり、相手と自分でその事柄についての考え方を共有できないとダメ。特に概念みたいなものを分かってもらおうとするときには特にそんな気がする。どこかで聞いたことがあるが、「教師の役割は、教えることではなく学習するのを補佐することだ」というのは、正しいのかもしれない。

無料プリントサービス Priea(プリア)

とりあえず届いてみたのを見た感じだと

  • シンプルならハーフタイプも可
  • バナータイプは全部小さくていい感じ
  • テストプリントとか、ちょっとした写真をプリントするのならいいかも

この記事で知ったんだけど、マットレスおすすめランキング2018年度完全版! という写真に広告を入れることで無料になるフォトプリントサービスがあるらしい。まだ、ちょっと説明を見て登録をしただけだけど、なんかすごくよさそう。バナータイプってほとんど広告に見えない。自分のwebalbum(もしくは既存のフォトアルバムサービス)にある写真とこのサービスをくっつけられないかなぁ。APIの公開に期待。

auやドコモは儲け過ぎ

auやドコモは、利益が5千億円とか1兆円とか言っているが、そもそもそれは儲けすぎというものではないか。

その通りだと思う。しかし、こんなことを平気でよく言えるなぁ。新しい料金体系はまだよく分からないことが多いが、とにかく期待できそうだ。この調子でパケット料金ももう少しなんとかしてくれないかなぁ。

Mac ユーザに対する google の姿勢

So I've learned, and am still learning, a lot from my team about the platform, the design philsophy, and the needs of a Mac user. The greatest part of my job is to combine Google's mission with Apple's to build great products that bridge the gap between the web and the desktop. One of the reasons we started this blog was to give you guys, Google users, the inside scoop on the Mac team here and our products. Another reason was to ask for your feedback and suggestions -- so please use this Google Group to talk to us, and thanks.

これを読んで、googlemac ユーザとうまくやっていけそうだなぁと何となく思った。

オンラインセミナー

最近「国際会議をホストする」というのを経験したんだけれども、そのなかのセッションでスピーカーが skype 経由で講演したものがあった。テストした際には、十分使えるなぁという実感だったが、海外とのやりとりだったためかネットワークのトラブルで、30分程度の公演中に数回、中断せざるを得ない状態(skype が切断、音声が聞き取りにくい)になった。

簡単に音声-スライド同期型プレゼンテーションが作れるスクリプトを配布します。

そこで、この記事のことを思い出してみると、

  • あらかじめ講演は、音声とスライドのセットで用意しておき、それを流す
  • Q&A に skype を使う

という感じにすれば、今回ほどストレスを感じなくてもすむかなぁと思った。

教育問題を考えているのは誰?

伊吹文相の小学校での英語教育についての発言について、あとで書こうと思っていたが共感できる意見の人がいた。

これから学ぶ子たちの将来に責任を持てるとも思えない年寄りの独断と偏見によって公教育が振り回されることこそ問題であって,その元凶を断つには教育分野での規制緩和と競争促進を通じた教育内容の多様化こそ重要ではないか.

英語教育に限らず、今の教育のままでいいと思っている人はそんなに多くないと思う。でも、今まで文科省が一方的に決めてやってきたから、現場の教員も親もそれに従うことが染み付いている。だから、総合的な学習の時間の使い方にみんな困った。本来、こうしたらいいという具体的な意見をもっているのは、現場の先生や親なのに。文科省も現場の教員もそして学校に通わせている親も、もうそろそろ何が問題でどうしたらいいのかということについて、積極的に議論していく必要があるんじゃないか。付けは、子供に回ってくる。

子供の学習の仕方

子供に本を読んでいるときに、「タイヤ」の絵が出てきたのだが、

僕: 「(タイヤを指差し)これなーに?」
子供: 「タイヤー」
僕:「おぉ、せいかーい。すごいねぇ。タイヤ知ってるの?」
子供:「 うん。(数秒の沈黙の後、何かを発見したかのように)タイヤの階段あったね。」
僕:「タイヤの階段?...あぁ、そっか、昨日行った公園にあったね。」

なるほど。子供はこんな風にいろんなことを覚えていくのか。公園に行った際に、「あ、タイヤの階段だ」と僕がたった1回言っただけなのに。よく覚えてたなぁ。絵本のタイヤの絵を見て、そこから昨日見たタイヤの階段を連想して...という過程が目の前で見えたのがなんだか面白かった。こんな風に思ったのは、マインドマップhttp://d.hatena.ne.jp/truego/20061004/1159931325)を読んでるからかもしれない。人はこんな風に頭を使っているのか。

それから、もう一人の1歳ちょっとの子供が、ふと気づくと、

絵本「か、も、めーのすいへいさん」
子供「(か、も、めーのすいへい)さん』

歌の流れる絵本にあわせて自分が歌えるところを歌っている。毎日こんなことをやってるんだから、そりゃすぐに言葉も覚えるよなぁ。しかも、すごく楽しそうに。子供だから覚えが早いというのもあるんだろうけど、きっとそれをするのが楽しいから、覚えるのが早いんだろうなぁと思う。